私は、クラスの中でもあまり成績がよくなかったんです。両親が、学習塾に行きなさい。と言うので、学習塾にも通っていました。しかし、授業の内容が理解が出来ず、あまり面白くありませんでした。学習塾に行き始めてしばらくたっても、あまり成果が出ませんでした。困った両親が、家庭教師の先生を呼ぶ。と、言い始めたんです。私は、勉強をしなさい。という両親が嫌いでした。高校受験の思い出は、勉強勉強で楽しくないものだろう。と、感じていました。しかし、家庭教師の先生がくることになって、私の高校受験の思い出は楽しいものに変わったのです。高校に入ってからも、その家庭教師の先生とは仲良くしていましたし、高校の中間テストや期末テストの直前だけ、家庭教師の先生に勉強を教えてもらっていたのです。家庭教師の先生は、私のペースにあわせてくれたんです。そして、休憩時間には世間話もしました。分からない点が出てきても、決して怒ったりしません。優しく、丁寧に教えてくれました。家庭教師の先生には、はじめ週1回。学年があがってきてからは、週2回や3回来てもらうようにしていました。家庭教師の先生がくることが、いつしかとても楽しみになっていたんです。学校も学習塾も人数が多く、1人1人のペースにはあわせていられません。しかし、家庭教師の先生は、私だけの先生なんです。わがままも言えますし、私のこともよく見てくれます。その点が、私にはあっていたようです。高校受験の思い出の家庭教師の先生が、大好きです。
高校受験の思い出の日記があります。高校受験をするために、勉強をしていたのですが、その間毎日、日記をつけるようにしていたんです。後から、見返して何を勉強したのか。どれだけ勉強したのか。分かるようにしておきたかったんです。大人になったいまでも、高校受験の思い出の日記は、大切に保管をしています。高校受験の間は、自分にやる気を出させたり、日々の勉強を振り返るときに使っていました。日記を書くことも、とても楽しかったんです。
中学校は、三年に入ると雰囲気が変わっていきます。少し、殺伐とするといっていいのでしょうか。月日がたつごとに、クラスメイトや三年の別のクラスの人達は必死さで溢れていきます。自分ももちろんその中にいた一人です。高校受験という、ある種戦いのような一年間は、今でも残る思い出となっています。中学三年になり、必死になって高校受験の勉強に励んだ思い出は、今でも記憶に残っていて、たまに思い出しては今の力にしたりもしています。
私の高校受験の思い出について、取り上げてみたいと思います。高校受験の勉強は、中学2年の後半あたりからスタート致しました。そして、中学3年に入ってからは本格的に行うようになりました。塾通いは勿論のこと、学校から帰っても、夕飯と少しの休憩時間を除いては、ほとんど勉強机に向かっておりました。大学受験に比べると、高校受験は比較的楽しみながら勉強をしていた記憶が残っております。
高校受験の思い出は、インターネットのサイトで知り合った友人と、話をしたことです。掲示板のようになっており、何でも良いのですが、ハンドルネームと住まいの都道府県を入力して、言葉を入力する仕組みになっていました。中学生限定で利用が出来る、インターネットのサイトでした。全国の中学生が、高校受験の勉強について、悩んでいることを書き込みしたり、今日はこんなことがあったと書き込みをしたり。気軽に、色々と書き込みがされていました。インターネットを利用して、色々なサイトを見ていたときに、偶然見つけたサイトです。興味深くて、サイトを閲覧しました。
私は高校受験のときは、一番上の推薦で受験したので不合格になるという心配は少なかったということがありました。しかし、学校でのいじめによって不登校になりかけていたこともあったため、推薦を取るということでは苦労した思いでもあります。高校受験は、一生を決める戦いでもあるので、勉強漬けという思い出の人も多いと思いますが、専門的な学科の高校を目指していると、専門的な勉強は高校からということになっており、かつ一般教科は基礎的なことしか行わないということも説明されていたので、勉強漬けで高校受験に臨んだということはありませんでした。高校受験では、内申点を良くしないといけないので、猫をかぶるようにしていたことが思い出にあります。生徒会長やクラス委員長を務めると内申点が上がるため、やる気のないのに務めてる役員には反感を持っていました。