今年の12月で37歳になるごく普通の男性です。高校受験の思い出となると今から約20年前の出来事になりますね。当時普通の公立の中学校に通っていたわたくしは高校も公立高校に行こうと思っていました。私の通っていた学区は公立高校のほうが成績がいい学校で私立はちょっとレベルが落ちる学校がほとんどであった。私の成績はだいたい中の中でしたので、滑りとめで私立を受けて公立高校を安全なところにいくかそれともがんばってチャレンジしていい高校に行くかの選択でした。自我が芽生え第二次成長も終わり、遊びが楽しくして仕方が無い時代でしたので、私の選択は楽なほうを選んでしまいました。公立高校は学区内に5つあって結局通ったのは下から数えたほうが早いランクの学校に行きました。高校受験に関してはなぜ公立高校って同じ日付に受験日を設定するのかがちょっと意味がわかりませんね。私立高校は利益を追求しなければならないのでいろんな策を講じてお金をかき集めていますね。公立高校も臨機応変にやっていただければ…私の高校受験の思い出はもっと違うものだったかもしれません。高校受験での思い出といえば…受験勉強を一切しなかったことですかね。上記したように成績は中は中でしたので、別に勉強しなくても公立高校には受かる可能性が高かったので…このとき私の中で頑張る精神があればまだまだ違う結果になったのかもしれませんね。この36歳になってわかるのが知識がある人間が世の中を制することがよくわかってきました。気づいて勉強を始めたのが約1年半前でしたので、20年前に気づいていればわたくしの人生はもっと違っていたかもしれませんね。こんなことを考えていてもしょうがないので今からポジティブに気張ります。
高校受験というのは、その場の試験の結果も重要ですが、日頃の素行や成績も内申書として加味され、決して一発勝負ではありません。それは基本、今も同じなのではないかと思います。よって、思い出というと、その場の試験の事だけでなく、日頃の生活をどうしていたかも思い出されます。私は、元々特定の個人のライバルを決めず、ゲームをするような感覚で「何点以上3年間とり続ける」と決めて勉強をしていたので、成績はいい方でした。
高校受験をするために、色々と勉強をしました。色々と勉強した中で、特に高校受験の思い出になったのが、通信教育です。学校の授業にはついていくことは出来ていたのですが、時々授業の内容が分からなかったり、苦手だなと感じるところがあったんです。学校でのテストの点数悪いと、内申点も悪くなり、高校受験に支障が出ると感じ始めました。そこで、両親のすすめもあり、通信教育で学校の授業の復習や予習をしようということになりました。私が、通信教育をはじめたのは、中学2年生の時でした。
もう成人式を2回通り越した年齢になってしまいましたが、こんな私もその昔、「高校受験」なるものを経験いたしました。小中学校と予習復習、はてはテスト勉強に至るまで、まったく学校の授業以外で学習するという習慣がなかったため、成績は常に中の中をキープ。「レベルの高い高校はねらえないけれど、県下ではレベルが低めの近所の高校なら確実に受かる。」と微妙な太鼓判を先生に押され、「それなら近いし、その近所の高校でいいです。」ということで、受験した思い出があります。
私が高校受験をした頃となりますと、今からさかのぼること、25年前となってしまいます。そこまで古い話になってしまいますので、鮮明な記憶というものは、とても少なくなってしまいますが、私の高校受験の思い出について、取り上げてみたいと思います。高校受験の勉強をスタートさせたのは、中学2年生の3学期ごろからだったかと思います。ただ、そのころは、受験勉強をしてはいましたが、まだそれほど熱心なものではございませんでした。そして、中学3年生になってから、本格的に受験勉強に取り組むようになりました。
高校受験の思い出で良い部分にあるのは、合格通知が届いたぐらいです。合格までの過程は、苦しかったり悲しかったりすることが多いので、進んで思い出したくないと思っている人が多いと思っています。例えば、内申点を恐れるあまり言いたいことが言えなかったということも多くの人が体験しているはずです。いじめへの対抗として、いじめている人を殴ることも考えましたが、自分が品行方正でないことを露呈してしまうので殴ることができません。結果として卒業まで苦しむことになりました。学力のレベルによって高校を決めるため、どこの高校を誰が受験するのか気になる要素でもありました。